
| 屏風岩(高さ868m)は兜岳の西側にあり、奇鋒がその名の示すように南面にあたかも屏風を立てたように屹立しています。 その幅2km、鋸の刃のように鋭くそびえ、垂直に柱状節理の岩壁が約200mの断崖をなしています。岩盤には、ミツバツツジなどが咲き誇り、麓に広がる公苑は、春には大木の山桜が咲き乱れ、秋には工場で彩られる岩壁とのコントラストは圧巻 ※昭和9年12月には屏風岩は、国の天然記念物に指定されています。 |
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| 奈良県屈指の紅葉スポット小太郎岩(標高702m)は、高さ200mほどの垂直の岩壁がつらなっており、中腹にはライオンの顔を想わせるライオン岩があります。 ※小太郎岩付近から下流の渓谷が、昭和2年大阪毎日新聞社、東京日日新聞社主催の「日本百景」の一つに数えられた名勝地です。 |
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| 鎧岳・兜岳 鎧岳(高さ894m)別称雄岳は、あたかも天を摩す鎧を着たような雄々しい岩山であることから名づけられています。また、兜岳(高さ920m)別称女岳は、鎧岳のすぐ西側にあり、鍬形の兜のような山容から名づけられています。 鎧岳・兜岳の遊歩道が整備されたこともあり、ハイカーが多く訪れるようになり人気のハイキングコースの一つです。 西行法師の句碑 「葛なる鎧が岳にきてみれば そよ吹く風のくさずりの音」 ※昭和9年12月に鎧岳・兜岳は、国の天然記念物に指定されています。 |
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| 国見山(標高1016m)は、村内で具留尊山についで2番目に高い山で、頂上からは360度の大パノラマで眺望に優れた山です。 「日本書紀」の天武天皇大和平定物語の中で、天皇が国見の丘に住む土蜘蛛八十梟師を討伐し、この知に仮宮を建てたという伝承があります。 神武天皇は必勝を信じてうたわれました。 |
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| 住塚山(標高1009m)は、別名次郎岳ともいいます。宇陀地方には、曽爾村太良路と三重県津市三杉町の堺にある太郎岳(具留尊山)、奈良県宇陀市榛原の三郎岳があります。また、炭を埋めたおで炭塚ともいわれています。 | ![]() |
| 古光山(標高953m)は、山容雄大で波璃質雲母岩や石英岩からなっています。 頂上からは、360度の大パノラマで眺望がよく、頂上は奇岩が突き出て奇観を呈しています。昔、天狗が住みつき太鼓の音が聞こえたそうで、古光山の八分目に天狗の「踊り場」というのがあります。 |
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| 横輪川にできた渓谷。清冽な滝とエメラルドグリーンの淵が連続。大小の岩が渓谷の美をかたちづくっています。春は新緑が川面に映え、夏は豊富な水量が涼感を誘い、木々の間から吹く緑の風がさわやかです。秋の紅葉もしみじみと美しいです。 済浄坊の滝(高さ27m幅6m)は昔、この滝に済浄坊という仏寺があって、修行者がこの滝で行水して身をきよめ、水煙大不動明王の霊を仰いだと伝えられています。 長走りの滝は、(高さ30m)井上喜曽に射られた大蛇が起こって今井の方面へ長く縦に走ったところと云われています。 |
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| 大字今井の盾岡山の麓に速総別王と女鳥皇女の墓と伝わるふたつの古墳があります。 古事記によれば、速総別王は仁徳天皇の命により女鳥皇女との仲を取り持つ使者として送られましたが、皇女の速総別王に対する秘めたる愛情を打ち明けられ、その想いに打たれた速総別王は皇女を娶り、天皇の恨みをかってしまいました。また速総別王は、彼の和歌の内容から謀反の疑いがかけられ、女鳥皇女ともども仁徳天皇の軍勢に追われる身となります。そして曽爾まで逃げたところで、ふたりは追手に捕まり殺されてしまいました。 一説によるとこれは豪族の墓で、この場所より少し離れた覆矢塚という地がふたりの墓であるといわれています。 |
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昭和45年より現環境省が、我が国初の長距離歩道構想として緑豊かな自然と貴重な歴史を伝える文化財等を、誰もが探勝出来るようにと整備がすすめられました。歩道を含む周辺一帯のほとんどが国立または、国定公園地域となっており、沿線の自然は法律によって保護され、都市化や産業開発によって失われようとする自然の防波堤の役目も果たしています。 |
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| 紅ヶ岳の麓を流れる滝川では、直瀑の不動滝がありここに不動明王が祀られています。 | ![]() |
| 紅ヶ岳の山裾に、俗称「へび穴」という洞窟があります。大蛇が住んだとつたえられていますが、学術的によると噴火作用でできたものだそうです。 | ![]() |
| 葛バス停で下車して、曽爾高原への入り口にかかる吊り橋です。 | ![]() |
| 特に伊賀見の小太郎岩付近やホタル公園付近では多くのホタルが乱舞しています。6月上旬から下旬までゲンジ蛍で、その後ヘイケ蛍が飛翔します。午後8時前後がお勧め | ![]() |
| 神明造りの本殿に春日四神を奉り、後に佐田神社、愛宕神社を合祀しています。境内には、大きなイチョウがそびえ、10月の体育の日には秋祭りが行われ子供神輿が村内を練り歩きます。 | ![]() |
大己貴命を祭祀していた佐田の宮城は、平維盛が一時隠れ潜んだ伝承地で、空海が修業中に岩窟に刻んだとされる梵字の石があります。
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| 村の中央に鎮座し、自然の清らかな空気に包まれているこの神社は、延喜式神名帳(10世紀)に大和国宇陀郡17座のうちの一つと記載されている古社です。祭神は春日神社で、曽爾八ヶ大字の氏神です。 | ![]() |
























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